その世界への始まり覚書き

「ヴァナ・ディール滞在記」

「FF11」というゲームへの興味は尽きなかったものの、それだけで「オンライン」という得体の知れない世界に飛び込むまでは踏み切れなかった。2021年現在ではすっかりオンライン仕様は当たり前になり、むしろオンライン要素のないゲームのほうが少ないのではないか、という様相だが、当時はまだまだ「オンラインゲーム」は身近なものではなかった。

それに、プレイ環境を整えるには、かなりのリアルな投資がいる。PS2に加えて、「BBユニット」という「ネット接続用のパーツ」が必要だった。

パソコンは所持していたし、ネット回線については問題は無かった。しかしやはり踏ん切りはつかないまま、ふと、ある本の存在を知る。

それはゲーム雑誌の編集部で働いている「永田泰大」さんという人の書いた、FF11のいわゆるプレイ日記。「ヴァナ・ディール滞在記」というものだった。正しくは、ネット上で更新されていたプレイ日記を、書籍の形でまとめたもの。「環境の準備から接続、やっとプレイに入る」というリアルなプレイ日記で、しかも著者の永田さんの目線が、とても新鮮で優しかった。

難しいゲーム内の用語は、一切出て来ない。地名すら、最初の頃はほとんど出て来ない。まったくプレイしてない人間にも分かりやすい、「ゲームのプレイ日記」というよりも、「普通にそこで生活している様子」を描写しているような表現で織りなされる冒険譚。

それが「ゲーム」というよりも、「リアルにそこに一つの世界が存在しているような体温と感触」を伝えた。

ヴァナの世界を具体的には何も知らない私でも、むしろ知らないからこそ、ゲーム内の用語を一切用いない描写は分かりやすく、「そんな世界が本当にあるんだ」と驚いてしまうような内容だった。端的にいえば、「ファンタジー世界で普通に生活している、その様子を書いた日記」のようにしか感じられなかった。

それは永田さんの言い回しや表現が巧みだったことに加えて、そこで起きる様々な出来事、出会う「プレイヤー」達が、穏やかで優しい「まるでそれが現実の世界で、生身の人間を相手にしているような」目線で描かれていたせいだと思う。

ゲームなんてどうしても効率重視になってしまったり、ネットとはいえ「リアルに対面しておらず肉声も聞いてない相手」との接触だから、接している相手にリアリティを感じられず、対応がザツになる人なんて珍しくない。むしろそっちの方が主流だと思う。

永田さんのプレイ日記には、一切そういうことがなかった。「画面の向こうには生身の人間がいる」という、当たり前だけどネットの世界では忘れてしまいがちなことが、最初から最後まで、とても当たり前のように根底に存在していた。

その生き生きとした、楽しく勇ましくときには物悲しく切ない、全体にリアル世界では体験できない「ファンタジー世界に生きる」大変なわくわく感は、私を大変に魅了した。

今でも、何よりこの「ヴァナ・ディール滞在記」に出会ったことが、私の分かれ道の一つだったと思っている。私のFF11での過ごし方の指南書でもあり、この本に出会ったからこそヴァナを訪問してみようと決意した

この本は、転居を重ねる都度どんどん本を整理して行く中でも、未だに残してある。奥付は「2003年7月31日、第五版」。すっかり古びてしまっているけれど、捨てられない本になっている。